「最近、物騒になった」は本当か?──体感治安を作る脳のクセ
犯罪は20年で5分の1に減った。なのに「物騒になった」と感じるのはなぜ?利用可能性ヒューリスティックという脳のクセを、進化の観点から解説します。
結論から言います。「最近、物騒になった」という感覚は、多くの場合あなたの記憶力や心配性のせいではありません。脳が、危険を実際より多く見積もるように設計されているからです。そしてその設計は、原始時代には命を救う優れた機能でした。
- ニュースを見るたび「昔より物騒な世の中になった」と感じる
- SNSで凶悪事件が流れてくると、外に出るのが少し怖くなる
- 「治安が悪くなった」と思う一方で、その根拠を聞かれると答えに詰まる
- 自分は冷静なつもりなのに、なぜか不安だけが積み上がっていく
- 日本の犯罪は、統計上はこの20年で大きく減っていたという事実
- それでも「物騒になった」と感じてしまう脳のクセ=利用可能性ヒューリスティック
- このクセが、原始時代には「正解」だったという進化的な理由
- 数字は使う人の都合で選ばれること、そして自分の身を守る3つの問い
① まず事実:犯罪は「ここ20年で激減」していた
体感の話に入る前に、数字を確認します。日本の刑法犯認知件数(警察が把握した事件の数)は、こう動いてきました。
エビデンス:高(政府統計)刑法犯の認知件数は、平成14年(=2002年)に約285万件という戦後最多を記録した後、翌年から減少に転じ、令和3年(=2021年)まで毎年「戦後最少」を更新し続けた。
出典:法務省『令和6年版 犯罪白書』第1編第1章
2002年の約285万件が、2021年にはおよそ57万件。ざっくり**5分の1(約80%減)**です。「物騒になった」どころか、数字の上では日本は歴史的に見てかなり安全な時代を迎えていました。
誠実に書くと、こうです。エビデンス:高(政府統計)
令和4年に20年ぶりに増加へ転じ、5年も引き続き増加して70万3,351件(前年比17.0%増)となった。
出典:法務省『令和6年版 犯罪白書』/検察庁「犯罪情勢」
つまり**「長期で見れば激減、ここ数年は微増」**。それでも2002年のピークとは比べものにならない低水準です。にもかかわらず、私たちの体感はずっと「悪化」のまま。このズレこそが、今日の主役です。
② 体感を作る犯人:利用可能性ヒューリスティック
このズレを説明するのが、利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)という脳のクセです。提唱したのは心理学者のエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマン。ひと言でいうと──
たとえば、飛行機事故のニュースを見た直後は「飛行機は危ない」と感じます。でも統計的には自動車のほうがずっと危険です。なぜ飛行機を怖がるのか? 事故が大きく報道され、記憶に強く残っているからです。思い出しやすい=たくさん起きている、と脳が勝手に変換してしまうのです。
エビデンス:中(古典的研究・教科書水準) トベルスキーとカーネマンは1973年の論文で、この「思い出しやすさを頻度の手がかりにする」傾向を実験的に示しました(Tversky & Kahneman, “Availability: A heuristic for judging frequency and probability”, Cognitive Psychology, 1973)。
昔はテレビと新聞だけだった事件情報が、いまはSNS・まとめ・報道系YouTube・通知……と、あらゆる隙間から流れ込みます。事件は減り、報道接触は増える。この2本の線が逆向きに動くから、体感と現実がここまで離れてしまうわけです。
③ なぜ脳はこんなクセを持っているのか
「思い出しやすさで判断するなんて、欠陥では?」と思うかもしれません。でも、これは原始時代には命を救う優秀な機能でした。
草むらでガサッと音がしたとき、「猛獣かもしれない」とすぐ逃げる人と、「いや、データを集めて確率を計算してから……」と落ち着く人。生き残るのはどちらでしょう。答えは明らかです。脅威を過大評価して即座に反応する脳のほうが、生存率が高かったのです。
その結果、私たちは「危険そうな情報」を強く記憶し、優先的に思い出すように進化しました。ニュースの凶悪事件が記憶に焼きつくのは、まさにこの古い防衛システムが今も全力で働いているからです。
今まで知らなかったのは、あなたが怠けていたからじゃありません。誰も「体感治安のトリセツ」を教えてくれなかっただけです。
不安を覚えるのは、危険を見逃さないための正常な脳の働きです。
でも、このページを読み終えたあなたは、もうアップデート済みです。これからは、脳のクセを知って、情報に振り回されずに自分を守ることができます。
これは、このブログがずっと扱ってきた**「進化的ミスマッチ」**の典型例です。サバンナで役立った機能が、情報があふれる現代では「過剰な不安」として誤作動する。壊れているのではなく、設計が古い環境向けのまま、というだけなのです。
④ おまけ:数字は「使う人の都合」で選ばれる
もう一つ、知っておくと一生役立つ話を添えます。「じゃあ外国人犯罪は増えてるの?」という、よく見かける論点です。ここでは深入りしませんが、同じテーマで”正反対の数字”が両方出回っているという点だけ見てください。
エビデンス:中 単純に人口あたりで計算すると、外国人の犯罪率は日本人の約1.7〜2.0倍とする報道があります(計算方法により幅あり)。
【要確認】試算(補正方法により変動) 一方で、在留外国人は20〜30代の若年男性比率が高く、そもそも若年男性は全人口で最も犯罪率が高い層です。年齢・性別構成をそろえて補正すると、差は約1.36倍まで縮むという試算もあります。ただし補正の方法によって結果は変わり、補正しても1倍は超えている点に注意が必要です。
参考:日立財団「統計から読み解く移民社会」連載ほか。数値は試算であり、区分・手法により変動します。一次統計は警察庁・出入国在留管理庁の公表資料をご確認ください。
面白いのは、「思い込みは危ない」と語る人すら、自分の主張を支える数字のほうを無意識に選んでしまうこと。これは前章で出てきた脳のクセの親戚で、**自分に都合のいい情報ばかり集めてしまう傾向(確証バイアス)**と呼ばれます。バイアスを批判する側も、まったく無傷ではいられないのです。
⑤ では、どうすればいいのか
バイアスを完全に消すことはできません。脳の標準装備だからです。できるのは、「いま自分はバイアスにかかっているかもしれない」という視点を、常に1つ持っておくこと。具体的には、数字や主張に出会ったら、次の3つを問うだけで精度がぐっと上がります。
📋 だまされないための行動チェックリスト
- ✓「分母は何か?」を確認する(件数だけでなく、人口あたり・接触回数あたりで考える)
- ✓「年齢・性別など、条件はそろっているか?」を疑う(比べる相手の中身を見る)
- ✓「自分が安心したい/不安になりたい方向に、数字を丸めていないか?」と自問する
- ✓ニュースで強い不安を感じたら、いったん「これは思い出しやすさのせいかも」と置いてみる
- ✓自信があるときほど「自分は専門家じゃない、見落としがあるはず」と上限を7割にしておく
📝 まとめ
- 刑法犯認知件数は2002年のピークから約5分の1まで激減した(ここ数年は微増だが依然低水準)
- それでも「物騒になった」と感じるのは、事件の数ではなく接触回数が増えたから=利用可能性ヒューリスティック
- 脅威を過大評価する脳は、原始時代には命を救う優秀な機能だった(進化的ミスマッチ)
- 同じテーマでも数字は使う人の都合で選ばれる。だまされない側も無傷ではいられない
- 守りの基本は「分母は?」「条件はそろってる?」「都合よく丸めてない?」の3つの問い
※本記事の統計値(2002年のピーク、2021年の底、令和5年の件数など)はすべて法務省『犯罪白書』および検察庁公表資料に基づく数字です。外国人犯罪の補正値(1.36倍)は一つの試算であり、【要確認】扱いとしています。
参考文献
- Tversky, A. & Kahneman, D. (1973). Availability: A heuristic for judging frequency and probability. Cognitive Psychology, 5(2), 207-232.
- 法務省(2024). 『令和6年版 犯罪白書』.
- 安河内朗・岩永光一(編著)(2020)『生理人類学——人の理解と日常の課題発見のために——』理工図書.